2009年5月31日

以仁王墓


後白河天皇の第二皇子。高倉宮とも呼ばれる。
「王」とは「親王」の宣旨を受けられない皇子の称号。
平家物語に登場する以仁王の挙兵は、治承4 年(1180)以仁王(高倉宮・三条宮)と源頼政が打倒平氏のための挙兵を計画し、諸国の源氏や大寺社に蜂起を促す令旨を発した事件。準備不足のために露見して追討を受け、以仁王と頼政は宇治平等院の戦いで敗死、早期に鎮圧された。
しかしこれを契機に諸国の反平氏勢力が兵を挙げ、全国的な動乱である治承・寿永の乱が始まる。以仁王の乱、源頼政の挙兵とも呼ばれる。
京都府木津川市にある高倉神社にある。
奈良街道とも名付けられ日本の原風景があちこちに残っている道であった。

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