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1月, 2007の投稿を表示しています

枯山水

六甲山麓の小川は雨期以外はほとんど干上がっています。この町はコンクリートで固めた川岸でなく枯山水のように造られています。 Rokurokuso-cyo Ashiya

瀬戸の海

宇野港近くの海岸で30数年前の風景で瀬戸大橋も写っていません。

灯籠

朝霧

湯田中温泉を訪れた際の寒々とした朝の風景です。

レール

灘駅の越線橋の橋台が100年近く前のレールで建造されています。鉄道は資材を有効に活用した証でしょう。

石庭

時計

茅葺

西宮名塩の里風景です。

小布施

信州旅行の際、立ち寄った小布施町の風景です。

北向地蔵尊

人で賑わう阪急梅田駅の高架下にあります。かってはこの当たり湿地帯で梅田墓地がありそのゆかりの地蔵さんとして祀られています。お参りする人は絶えないようです。 大阪市北区角田町

芦屋温泉

芦屋温泉は銭湯のない芦屋にただ一つある温泉を利用した浴場です。阪神大震災では数多くの人々が利用されています。福祉施設建設のため撤去される予定ですが市民から反対し施策が非難されています。 Kurekawa-cyo Ashiya

地像尊

延命地蔵と刻まれています。昭和初期小児科医の功績を讚えて建立されています。 Higashiashiya-cyo Ashiya

阪神大震災

被災が激しくレンズをしばらく向けることがどうしてもできませんでした。これらの画像は芦屋駅に電車が運転再開された頃に撮影しています。 心の痛みを感じとったからでしょう。 震災を体験して行政等人間の対応は方丈記の頃とそう変わらない。と思ったことでした。

旧型電車

飯田線を利用して旅行で撮影した車両です。木の床で油引の臭がしましたが現在の電車に比較し味わいがありました。

日常風景も画像として切り取ると新鮮な風景に見えます。

路地

元町通りには数多くの路地があり美味しい店もあり歩くのが楽しみです。

水車臼

江戸時代から明治にかけて芦屋川を利用した水車が精米、菜種油等の製造に活躍しました。その臼が現在擁壁として利用されています。 Yamaashiya-cyo Ashiya

造り庭

竹と石のコントラストが四季を問わず楽しませてくれます。 Higashiashiya-cyo Ashiya

梅田駅

大阪の繁栄を支えた物流拠点であった貨物駅は消え去ろうとしています。いずれここも高層ビルが立ち並びます。せめて画像で駅の面影を残したいと考えました。 Ofuka-Cyo Osaka

芦屋の洋館

Rokurokuso-cyo Ashiya

薮原

途中下車し楽しんだ薮原の宿風景です。30年前のネガの画像です。

古い町並

芦屋が農村時代の面影が残る静かな散歩道です。乱開発と震災で古い町並みは少なくなりました。 Sanjyo-cyo Ashiya

農文塾

弥十郎岳の麓、農文塾コースの登山口に残されているこの地の庄屋の家です。

一茶旧宅

信州へのドライブの途中立ちよりました。この近辺は何度も列車で旅行しましたが訪問する機会がなく今回はじめてとなりました。 一茶は苦難の人生を過ごしましたが、優しい作品はいまなお人を惹きつけています。

線路

レールのある風景は、心を和ませてくれます。130年にわたり私たちを支えてくれました鉄道だからでしょうか。最近は鉄道の旅は極めて少なく片道500km程度であれば車で旅をしています。 ローカル列車の旅は捨てがたいものがありますが、ワンマンの列車が多くまた短区間運転形態であり駅の名物そばや弁当買い求め食べる等の楽しめるようなダイヤでないことで旅する人も少なくなっています。これも時代の流れで仕方がないことでしょうか。 それでも列車を選んで旅することを考えています。