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投稿

9月, 2020の投稿を表示しています

ホワイテイ 梅田 虹の広場

 曽根崎近くに所用があり久しぶりに梅田地下街を散策したのですが店舗も多くは様変わりしているが懐かしいコーヒ店もあり歩きつづけ虹の広場に向かったのですが泉の広場の名称はには変わりがないのですがコンセプトは、時間や季節の移ろいを表現するWater Treeは時間帯により変化します。⽩から「泉」を象徴する⻘へ、床には⽔⾯が揺らめき「泉の広場」を⽔で包み込みます。また、季節やイベントに合わせて変化し「泉の広場」を彩ります。とありしばらくレンズを向けてなるほどと思いつつ撮影しています。

芦屋鉄道紀行  平成橋 ふれあい橋 露光間ズーム流し

橋の金網の隙間からのテスト撮影です。ズームアウトが操作しがたいアングルで失敗作の連続でした。  

三宮駅周辺再整備工事 駅ビル工事風景

JR三ノ宮駅周辺をアングルを探して歩道、歩道橋等から撮影した再開発工事の画像です。JRの三ノ宮ターミナルホテルはすでに取り壊されてポートライナーの駅舎のみ見ることができます。この付近にはバスターミナルも建設され都市景観は次第に変化し続けることでしよう。  

神戸三ノ宮駅周辺地区再整備工事風景

2029年目途にJR三宮駅、阪急神戸三宮駅駅ビル工事そして西日本た最大のバスターミナル等による三宮駅周辺再整備工事がはじまり周辺地区を訪ね歩きモノクロで撮影しています。コロナウイルス感染症の関係でしばらく訪れない間に駅周辺の景観は相当変化していました。  

芦屋鉄道紀行 露光間ズーム流し

 暑さに耐えてズーム流しのテストを繰り返していますがアングルの関係もあり満足できる画像が得られません。四線区間であり電車も含めて貨物列車を主体に撮影しています。

芦屋鉄道紀行 芦屋・さくら夙川間 白橋  1070レ EF210-313

 

西宮 アンネのバラの教会

 ユネスコ記憶遺産として認定されているアンネ・フランクの「アンネの日記」は読まれた方が多いかと思います。アンネ・フランクは1942年、ドイツ占領下のオランダでナチスから逃れるため身を隠しますが、2年後に見つかり、1945年にベルゲン・ベルセン強制収容所で亡くなりました。  アンネ・フランクの父との交流から、アンネのバラが託され、平和の遺志を継ぐ教会として設立されアンネ・フランク資料館併設されています。  教会の「アンネの庭」一面に咲く黄金色のバラは、アンネを偲んでベルギーで作出された四季咲きの香り高いバラです。「アンネの形見のバラと呼ばれ、フランク氏の庭でも大切に育てられていました。1972年のクリスマスにフランク氏より友情のしるしとして聖イエス会に贈られて来ました。  ずいぶん以前に「アンネの日記」を読みアンネのバラが満開の頃車で訪れていますがその後、再訪する機会はありませんでした。  火垂るの墓誕生の地記念碑文学碑の建立に参画し6月7日に無事除幕式が催行されました。この文学碑のそばにアンネのバラの教会から株分けされたアンネのバラが咲いていました。先日、阪急甲陽園駅近くに所用があり立ち寄りました。四季咲きとのことですが一輪も見ることがかなわず道路から庭を鑑賞して撮影しています。アンネのバラが咲く10月頃には再訪したいものです。

芦屋鉄道紀行 1052レ EF210-124

 最近する遠出して撮影する機会が少なくなり自宅近くでズーム流しをテストしています。場所が悪くアングルが見つからずテストを重ねています。もう少し過ごしやすくならないかとつくづく感じさせられています。

芦屋鉄道紀行 1072レEF210-

在庫画像からです。猛暑に耐えてズーム撮影のテスト撮影したのですが慣れないためか残念ながら満足出来る画像はありませんでした。  

小説「火垂るの墓」誕生の地 西宮に文学碑完成

平和を願って    小説 火垂るの墓  文学碑完成   2020年6月7日13時30分から西宮震災記念公園の一角で野坂昭如著小説火垂るの墓誕生地の碑除幕式が来賓と火垂るの墓建碑委員会委員と西宮在住の方々と 関係者が在阪のテレビ局のクルーの方々西宮市のポータルサイトの担当者等およそ100名近くの方が出席し開催された。    地元住民で結成した火垂るの墓建碑実行委員会で2019年夏から建設資金700万円と試算し関係機関に働きかけ地道に寄付金を募り続けた。 2020年6月までには1.450名の個人や団体から寄贈金7907.277円が寄せられた。     除幕式の6月7日は、14歳の野坂少年が満池谷に身を寄せた日である。   除幕式の開会挨拶をする土屋純男委員長 2020年6月7日「火垂るの墓」記念碑の除幕式を行いました。新型コロナウイルスの渦中、関係者のみによる式を計画していましたが近隣の方など約100名の方がお越しいただき除幕を祝っていただきました。 野坂昭如氏の小学校の同級生のご夫人も駆けつけてくださり、副碑(野坂昭如肖像)の除幕をしていただきました。 実行委員会では小冊子『小説「火垂るの墓」誕生の地』を発行し、建碑にご協力いただいた方にお配りしました。 記念碑には御影石を使用し主碑はサクラ御影、周囲は丹波鉄平石台座は2冊の本をイメージし文学碑の雰囲気を出しました。 周辺には「アンネのバラ」を植え、戦争に翻弄された「清太と節子」に癒しを添えました。 思いがけなく高額の賛同者のご協力を頂き、野坂氏の作品の力に依るものと感謝しています。 ご寄付は継続しております。よろしくお願い致します。 土屋純男 委員会委員8名の方による除幕 除幕式とアンネのバラ アンネのバラのこと  小説火垂るの墓誕生の地記念碑のそばにアンネのバラが植樹されています。このアンネのバラには戦争に関わる悲しい物語が残されています。 代表土屋純男氏は、アンネ・フランクの願いを受け止め西宮の地に、アンネのバラの教会の解説では、アンネ・フランクはドイツ生まれのユダヤ人の少女です。ヒトラーによるユダヤ人迫害にあい、ドイツからオランダに移りました。その後、アムステルダムの隠れ家で 2 年を過ごしました。そのとき書かれたのが『アンネの日記』