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枝垂梅大阪天満宮

大阪天満宮の権現造りの梅花殿の枝垂れ梅です 。            白い枝垂れ梅は咲いていなかったのでビンクの梅の撮影を楽しみました 。

大阪駅北ヤード  撮影大阪駅ノースゲートビル

        大阪駅北ヤード工事風景    撮影 大阪駅ノースゲートビル 2027年にはこの地に超高層ビル4棟と広大な森が地下にはJR大阪駅が    誕生する。どのような光景が見えるのか予想出来ないが都心として     多くの人に親しまれことが予想できる。  

グランフロント大阪 2021年のクリスマスツリー

北館 1F ナレッジプラザに登場する「Eternally Bright」は、ディズニープリンセス14人のモチーフがオルゴールの上で舞い踊る、高さ約11mのクリスマスツリーで11日から点灯とのことで通りすがりに回遊路から撮影した画像です。毎年撮影していますが初日に撮影したのははじめてでした。12月25日までとのことで夕刻にも撮影したいものです。  

富田林 伝説の歌人 白菊のような人 石上露子

 富田林寺内町は大阪府で唯一つの重要伝統的建造物郡保存地区です。  富田林は、金剛山を東に仰ぎ大和川の支流である千鳥の名所である石川の流れに沿う室町時代の永禄3年(1560年)に往昔は富田ケ芝という草原であったが15代証秀上人が浄土真宗の興正寺別院が起こし近傍の村落を代表する郷士たち(八人衆)開拓に協力し村を起こした。杉山家ははこの草分け八人衆の家系で現存する唯一つの八人衆であった。先祖は美濃国のの落ち武者だとされている。石上露子は杉山家の嫡女杉山孝として1882年(明治15年6月)に生まれた。天性の美貌と気品と聡明で勝気な性格で源氏物語など古典を学び武芸まで身につけていた。当時の富田林は寺内町として付近の米や綿などの農産物の集散地あった。 興正寺                     富田林の街並                     町家と金剛山 杉山家住宅          石上露子が生まれた当時の杉山家は複雑な家族構成の大家族であった。         結婚後一切社会との交流は断たれて長く不幸の結婚生活を余儀なくされた。          四年あまりの創作は、詩一編、短歌80首、美文 5篇だった。この残された         作品は、明治のロマンチシズムの清純な流れを代表た作品として評価されて         いる。作者像は白菊のように柔らかい日本語の調べに凝った文字、哀愁を         限りなく余情をふくんだ純日本的な調べである。          作品には、日露戦争中に読まれた人間尊重の願いを読んだ短歌も残されて         いる。          歌人石上露子を知ったのは、             小板橋             行きずりのわが小板橋             しらしらと             いづこより流れが寄りし             君待つと踏みにし夕べに              いひしれず沁みて匂ひき                          今はとて思ひ痛みて             君が名も捨てむと             なげきつつ夕わたれば             あらうばらあともととめず             小板橋そとりゆらぬく              小板橋は、石川の...

ナンバ パークス  都市の緑

街の緑が楽しる都市空間です。営業休止し閉園しています。 在庫からの掲載ですが大阪も非常事態宣言で可能な限り遠慮していますが何時の日かのんびりここで過ごしたいものですが??????  

大阪城 天守閣と桜 本丸広場

大阪ビジネスパークに所要がありその後、大阪城公園の桜が咲き始めたとのことでいつ撮影したか思い出せないほど年月が過ぎてしまったのですが咲き始めのそ桜と大阪城を楽しむことができました。  

大阪駅ノースゲートビル うめきた広場工事展望

非常事態宣言で自宅でこもりきりの生活には耐えていますが、やむを得ず外出した時間は有効に使いたいものですが、街の様子を見ていると油断出来ないですのは当然ですがこのような状況はいつまで続くのでしようか・・・・・・・😔  

大阪 ナンバパークス

南海難波駅にあり都会のオアシス的な存在です。店舗も多くそして休憩場所も設けられ昼食をとる人も見かけました。はじめて訪れたのではなかったのですがあまりにも広くう歩き続けてしまいました。  

大阪駅北ビル うめきた広場

モノクロ撮影のうめきた広場の風景です。梅田貨物線の線路工事も進捗し以前と全く異なった風景となっています。コロナウイルス感染症蔓延していますがそれなりに工事は進捗しているようです。  

都市の風景 大阪南船場 オーガニックビル

バブル期には、全国で外国人デザイナーの起用が流行した。しかし、今や見る影も無いもの多々あり消滅したているが、そんな中で、江戸時代から続く昆布専門店の本社ビルとして建てられたこの建物は維持管理も良好で南船場の街に生き生きとした驚きを与え続けている。 機会を見つけて夕刻の撮影にもこころかげたいものです。