興聖寺の本堂、左の僧堂、右の庫裏はいずれも簡素でものさびているには、道元禅師か深山幽谷に座禅を専らとする高潔な宗風であるとされる。本堂前にわから大書院と奥にいたるところに石組みを配し刈り込みが多く清潔な環境をつくりだしている。眼下に宇治川が眺められ清楚で清澄なたたずまいに時間を忘れさせられました。
本尊釈迦牟尼佛が祀られている。鳥羽伏見の戦いの犠牲者を供養するために建てられた建物である。さらに法堂は伏見桃山城の遺構を用いて建立されたため血天井には手形や足形が残っている。廊下は鶯張りで外部侵入者の危険探知のために設けられていたが当時の遺構が現在にも残されている。京都には血天井が多く見られる。
下記の画像の白いマル印の部分が手形と足形である。
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