佐保路、一条通より国道24号線の手前の道を北へ向かう少し離れた森の中にあり鬱蒼と茂ったみちを歩き続けると南門があり寺というより王朝風の優美さにあふれています。
平安遷都後に、平城京をなつかしむ平城天皇は、上皇として都を再び平城京に戻すことを画策されたが成功せず、嵯峨天皇に譲位し都を逃れてこの地に萱御所を営みました。
上皇の崩御後は、皇子阿保親王と在原業平が後を引き縦ぎ、承和14年(847)に業平自らが聖観音像を刻んで当寺を開基したのが始まりとされています。
別名「業平寺」とも呼ばれています。南門の四脚門〔重文〕は、鎌倉末期の建築で、古式豊かな造形は美術品かと思うばすーかりでした。さらに本堂は大仏様式の最後の形を保ち、本堂と多宝塔は室町時代の建築とされています。
本堂に入り参拝したのですが堂内にある本尊木造聖観音立像〔重文〕は業平の作と伝えられ、藤原時代の一木造、彩色の像です。鎌倉時代の五大明王像、阿保親王坐像、地蔵菩薩坐像と歴史を感じさせられる仏像が祀られています。江戸時代は寺領五十石で南都十五大寺とし法灯むが盛んでしたがその後衰退し昭和のはじめまで無住とのことでした。廃仏希釈の流れに耐えて貴重な仏像が残っていることは奇跡のようです。
自宅近くに伝阿保親王塚があり業平町、業平町と芦屋に馴染みのある在平業平ゆかりの地は全国にあるのです伊勢物語の作者でもあり六歌仙、三十六歌仙のが存在感のある歌人です。
現在は、南都花の寺としてれんぎょう、萩、睡蓮、もみじ、美男かずら、と四季の花が咲乱れる古寺としてしられています。今回は、花の季節には遅く新緑の古寺をしっかり楽しむことができました。
不退寺参詣後、一条通り西へ向かい海龍王寺、法華寺を参詣し炎天下を歩き平城宮跡へと向かいました。この日の気温は予想もしない33度と真夏日でしたが日陰を求めて狭い道を歩き続けました。
NikonD600 NIKKOR AF-S24-70mm1:2.8GED
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