1995年1月17日午前5時46分、兵庫県や大阪府などで高速道路えやビルが住宅が倒壊しライフラインや交通網の寸断等で甚大な被害をだしマグニチュード7.3の都市直下型地震の恐ろしさを見せつけられた。
この日の不気味は感覚はあちこちで経験した地震の揺れとは異なり大地に吸い込まれそして押し上げられるような様で未だに躯に残されている不思議な感覚だった。いまだにこの不気味な感覚は高速道路の揺れからも感じてしまっている。
被災者の一人として忘れることはできない震災のため数年に一度、慰霊のため訪れていますが今年はもう20年が経過したのかという思いで向かいました。
1.17希望の灯り 碑文
1995年1月17日午前5時46分
阪神・淡路大震災
震災が奪ったもの命
仕事 団欒 街並み 思い出
・・・たった1秒先が予見できない人間の限界・・・
震災が残してくれたもの
やさしさ 思いやり 絆 仲間
この灯りは
奪われた
すべてのいのちと
生き残った
わたしたちの思いを
むすびつなぐ
と刻まれています
5時46分に慰霊の集いが催され一段落した時間でしたが報道関係者があちこち取材している中で静かに祈り一人の人間として撮影して記録するためにレンズを向けました。
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