2008年8月2日

朝日ヶ丘遺跡



芦屋市の町並みは日本的でもなく西洋的でもない独自の住宅地として優れわが国では国内の他の町の追随を許さないことで知られれているが、日本各地の乱開発や環境破壊、景観破壊はここにもおよんでいる。
この遺跡は紀元前5000年前後のこの標高50mに位置する朝日ヶ丘遺跡で人々が住んでいた頃、気候は温暖化し海面は3m上昇した。竪穴住居が広場を囲んで集落をつくった。附近は常緑照葉樹と落葉照葉樹の森林地帯が広がり竪穴住居が広場を囲んで集落をつくった。豊富な木材で丸木船がつくられ漁労活動も可能だった。
六甲山麓のこの地は温暖でももあり水も豊富で住みやすい土地であったようだ。
この地の近くから後期旧石器時代の16000前後とされるナイフ型石器も発見されている。
石器時代から人々が住み始めたことになる。
この遺跡は、壺や土器のかけらが1964年(昭和39年)に発見され広場として保存されている。

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