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大阪南船場 大阪昆布のオーガニックビルのある都市風景

昆布の製造販売をしている株式会社小倉屋山本の本社です。 建築・環境デザイン部門で、1994年にグッドデザイン賞を受賞しています。小倉屋山本の昆布はだし、おぼろ、とろろ、佃煮昆布が中心で、特徴は大阪名産になっている佃煮昆布です。塩ふき昆布は佃煮利用の後しばらくして誕生しました。最近は高価となりあまり口にすめことはできなくなりました。   午前の撮影ですが、夕方の光線での撮影はどのような画像になるのか楽しみです。 屋上庭園は見かけますが壁面の植木鉢のある風景はヨーロッパではよく見かけますがこんなに大型ではないので30年近く前はじめて見たときは圧倒された記憶がありますが現代風景とはなんら違和感がないようです。

都市の風景 大阪南船場 小倉屋山本オーガニックビル

 「オーガニックビル」とは、「えびすめ」という塩昆布で有名な「小倉屋山本」の本社ビルです。このひびすめは大変美味で味わい深い高価な塩昆布です。  会社の企業理念の一つに「自然との共生を図る」ということが揚げられており、本社ビルを建て替えるときに、それを具体化するようなデザインを目指し その結果、「無味乾燥な都市空間に、いかに緑を取り込むか」というコンセプトに基づいた、このオーガニックビルが出来上がった。とされています。  設計はイタリア人デザイナーの「ガエタノ・ペッシェ氏」。どうやら日本でも有名な、フランス「Vittel(ヴィッテル)」社のミネラルウォーターのデザインなどもこの方の作品です。  この一帯は、高層マンションやオフィスビルなどが立ち並んでいるのですが、その一角にこのテラコッタ風の外壁に、大量の植木鉢を組み込んだ建物が現れる光景というのは、なかなかシュールですね。植えられている植物の様々なバリエーションがあって楽しいのですが、これが「自然との共生」という理念に合致するかとも考えられますが古い歴史のある大阪人らしい発想らしく生き生きとしたビルの光景です。植木はどの程度か調べて見ますと 植栽の数=132個で水やりは全自動とのことです。植栽はすべて小さい常緑緑とのことです。西向きのビルで管理が大変なようです。

近鉄特急 ひのとり 80000系

近鉄 難波駅からの帰途、神戸三宮行ホームで待ち合わせていると回送電車が引き上げられれと、3月から運転されている特急ひのとり名古屋駅が停車していた。はじめて眼にして真っ赤の凝ったデザイでした。出発直前のようで既にカメラもレンズも収納済みで取り出す暇もなくiPhone8plusで撮影した画像です。櫻井付近の田園地帯で撮影したいものです。

さくら夙川駅 露光間ズーム流し画像テスト

ズーム流しのテスト画像です。NDフイルターを使用することはほとんんど使用することがなく試行錯誤の繰り返しです。少しはなれつつあるようですが。  

近鉄大和西大寺駅のひととき 

奈良町撮影後に途中下車して奈良方面のホームでひととき撮影を楽しみました。目的は二枚目の車庫からの出入庫する配線の複雑な配線です。主として難波方面からそして京都方面からの出入庫ですが行き先別に複雑に交差しています。この駅よりも複雑な配線はJR東日本新宿駅から出発する中央本線の電車の前頭部に乗車した際はこの駅よりさらに複雑な配線だったと記憶しています。訪れる機会があれは撮影したいものです。  

小説火垂るの墓誕生の地 文学碑とアンネのバラ

火垂るの墓誕生の地の記念碑は6月に除幕式が施行されました。昨年8月から火垂るの墓誕生の地記念碑の建立に参画し10年近く前までホームページを立ち上げていましたがその後休止していましたが再び火垂るの墓記念碑の募金活動に参画し文学散歩や野坂昭如の文学論や作品の魅力等の原稿を作成しWEBにアップしました。 当初寄付金募集について低調でしたが地道な運動を継続した結果、1500名近くの団体や個人の多くの方の800万円の基金が寄せられて令和2年6月7日に文学碑が建立されました。払込取扱票通信欄より寄せられたメッセージの一部を紹介させて頂きますと、 「海外にいると平和の大切さが強く思われます。この記念碑は、様々な苦痛を生み出す戦争という愚かな人災を二度と起こさぬよう皆が心に留めおく大切な道しるべだと思います。建立にご協力下さった皆様に厚くお礼申し上げます。女性」、「段々と薄れていく今、貴重な歴史を後世に残してください。男性」、「この映画を観たとき、他人事とは思えない気持ちで見ました。私たちもあの空襲のとき逃げ惑いました。いつ、野坂少年になっていたかも知れません。ご苦労様です。多少ですがお使いくださいませ。女性」と平和を願う方々から数多くの声を頂いていいます。  文学碑の台座は、本を二冊重ねたデザインで丹波篠山さんの鉄平石が敷き詰められ、副碑として野坂昭如の略歴、野坂昭如の戦争体験の陶板画が設置されています。  主碑は、公園と近くの石材店から提供された今では二度と手に入らない六甲山系産の50年前にてないれた谷本さん貴重な御影石「さくら御影」が使用されています。   文学碑主碑の陶板画です。作品ではニテコ池下池の畔で洗濯をし水浴びをして過ごしたと描かれています。 主碑の背面には、 野坂昭如著「火垂るの墓」その舞台となったこの地に、戦後875年を経て、なお戦争の悲惨さを語り継ぎ、現在と未来の子供たちへの恒久平和を祈念します。                       2020(令和2)年6月7日建立                            火垂るの墓記念碑建碑実行委員会 と刻まれています。 この記念碑は、阪急甲陽線苦楽園口駅から徒歩約10分です。西宮震災記念公園の一角にあります。是非御出でください。 副碑陶板画 野坂昭如略歴 野坂昭如 1930.10.10〜2015.12...

秋のバラを楽しむ

 気候クライシスか秋のバラの開花はいまだのようです。彼岸花とバラが楽しめるとは信じられない光景でした。開花してまもない花をレンズにおさめました。

阪急 夙川・芦屋川駅間 モノクロ画像

自宅近く踏切付近でのモノクロ撮影を楽しみました。ローキー等の設定です。櫻の古木が見事でしたが全て伐採されてしまったようです。人気キャラクターすみっこぐらしのヘッドマークとラッピング車両が撮影できました。  

奈良 元興寺塔跡

明日香時代の旧街道(上ツ道)門前に『史跡 元興寺塔跡』の碑が立ち、民家に囲まれた小さな空間に仮堂と塔跡があります。元興寺は、現在の明日香村にあった日本最古の本格的仏教寺院・法興寺(飛鳥寺)が平城遷都のときに移設されたものです。 江戸時代末期(1859年)に焼失するまでは、奈良の名所として知られ、基壇の配置を見ていますと伝承では72mですが、少なくとも興福寺の五重塔(約51m)をしのぐ高い塔であったことは間違いなさそうです。 現在は「極楽坊」「塔跡」「小塔院」の3つ別のお寺に分かれて残っています。後者の二つはそれぞれ東塔と西塔にあたります。塔跡が東塔、小塔は小塔院の名残だとされています。 花の寺としてもしられていてますがこの日は萩も見頃を過ぎ彼岸花があちこちに咲いていました。  

奈良時代の仏塔 史跡頭塔

頭塔入口です。管理人の説明によると県と市が管理しているとのことで、管理方式異なるとのことでした。時代とは言え遺跡管理まで縦割り行政で介入するとは驚かされました。 頭塔は、一辺32m高さ10mあり周囲を歩き観察する各段に浮彫石仏を見ることができる。日本の寺院には珍しい仏教遺跡です。明治の乱暴な廃仏毀釈でも破壊されず残ったようです。  

謎を秘めた奈良時代の仏塔 頭塔

久しぶりの訪問です。資料によりますと 頭塔は、土で築かれた方形七段の塔です。古文書には、757(神護景雲元)年に東大寺の僧実忠が土塔(土で造られた塔)を築いたとの記録があり、それが頭塔にあたるものと考えられています。役割は、五重塔と同じように仏舎利(釈迦の骨に見立てた宝み物 )を収める仏塔と考えられる。 古くより、奈良時代の僧玄昉(?〜746)の頭を埋めた墓との伝説があり、その名の由来とされてきた。 しかし実際には土塔がなまり頭塔と呼ばれるようになったと思われます。 現在22基の石仏が基壇に配置されていますが見学通路から確認出来きる浮き彫り如来坐像は痛みが激しいのですが様々な石仏は美術品としても素晴らしい品格が見られました。