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京都大原 魚山大原寺 実光院冬景色 

契心園 客殿から契心園 旧理覚院庭園 茶室理覚庵 歴史は古く 835 年慈覚大師円仁によって勝林院が開かれたと伝えられる。 1012 年 慈覚大師九代目の弟子 寂源法師が、天台声明を伝承するために勝林院を中興しています。 勝林院には実光院のほかに、宝泉院、普賢院、理覚院などの子院が建てられ実光院は隣の大原陵(後鳥羽天皇陵・順徳天皇陵)の地にあった。大正8年勝林院の塔頭だった普賢院と理覚院を併合し、普賢院跡地である現在地に移転したとあります。 実光院は、明治以降荒廃していましたが、旧理覚院僧坊跡の庭園に四季の山野草が花々が植えらています。特に不断桜は良く知られています。春の日に花を楽しむため再訪したいものです。  NIKON  D3  AFVR  Zoom NikkorED 80-400mmf4.5-5.6  

京都大原 魚山大原寺 実光院 不断桜

天台宗大原寺下院にあたる勝林院の塔頭です。 天台声明を伝承するために開かれた勝林院の僧院のひとつであった。律川の清流を取り入れた庭園は、客殿から眺める池泉観賞式庭園池泉回遊式庭園があり、 不断桜、石楠花、杜若など四季折々の花が咲く。西北隅に茶室   理覚庵がある。 花暦が豊富である。 客殿  は  大正 10 年建立。狩野派による三十六詩仙画像が欄間に掲げられ、声明の楽器が展示されている。 旧普賢院庭園(契心園)  -  客殿南庭の律川の清流を取り入れた池泉観賞式庭園。江戸時代後期の作庭。客殿側を俗世間、築山側を浄土に見立てている。 不断桜  不断桜は初秋から翌年春にかけて花ほを咲かせる品種です。秋には桜と紅葉が同時に楽しむことができますが、雪と桜を少し楽しみました。 不断桜 NIKON   D3    AF-S  VR NikkorED 24-70mmf2.8 G   

iPhone Photograph  清涼寺 早春の梅花

嵯峨釈迦堂と説明したほうがわかりやすいかも知れませんが・・・・・ 祇王寺撮影後に晴天となり境内に軒端の梅のあることを思い出し立ち寄りましたが定かでなかったのですが他の白梅と紅梅が数本近くが見頃となっていました。 雪の日ですが梅便りも報じられています。今年はじめて撮影した春のたよりを告げる梅の画像です。

嵯峨野 滝口寺  悲恋の舞台

小倉山の麓、竹林に囲まれ森閑とした浄土宗寺院。平安時代、法然の弟子が開創した往生院(後の祇王寺)子院三宝寺の旧跡です。   祇王寺は、平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王が、清盛の心が離れてしまい尼僧として余生を送ったということでよく知られ、結構人気があります。   滝口寺も「平家物語」滝口入道と横笛の悲恋の舞台として知られ、「太平記」にも登場する新田義貞と妻の悲恋も残る平家物語悲恋の寺ですが、以前はそれほどでもなかったのですが現代はまったくといっていいほど人気がないようで寂れています。 祇王寺から数分階段を歩けば山門ですので是非訪れて文学に舞台となった滝口寺を拝観して下さい。   平重盛を祀る小松堂 平家供養塔 新田義貞の首塚と勾当内侍の供養塔 NIKON   D3    AF-S  VR NikkorED 24-70mmf2.8 G    

嵯峨野 滝口寺冬景色 滝口入道と横笛

山深み思い入りゐる柴の戸のまことの道に我を導け   横笛 14日京都では雪との予想で出かけたのですが寝過ごして渡月橋を渡る頃は晴天で小倉山も嵐山も積雪は消え愛宕山だけが白く輝いていました。時すでに遅しの感でしたが天竜寺から滝口寺、祇王寺と冬景色の嵯峨野を歩きました。 まず天竜寺に入ったのですが京の冬の旅が定着したのか冬期には想像できないあまりにもの観光客の多さとその喧噪さの会話と言動にはあきれ果て早々と引き上げた次第です。 しかし二尊院、祇王寺付近では極めて静かな京の冬景色、雪はほとんど消え去っていましたが楽しむことが出来ました。なぜか横笛の歌碑の撮影が洩れていたことは残念なことでした。 NIKON   D3    AF-S  VR NikkorED 24-70mmf2.8 G    

EF641039 8866列車 芦屋・甲南山手駅間

50㎜での撮影の機会が少なく貨物列車の撮影に使用してみました。軽量でもあり操作しやすく午後の逆光であってもそれなりの効果がありました。 NIKON   D600    Nikkor20mm 1:3.5   

EF66118 2070列車  芦屋・甲南山手駅間

散策の際に楽しむ場所からの撮影です。8866列車通過後の列車です。この画像も愛用する50㎜レンズでの撮影です。 NIKON   D600    Nikkor20mm 1:3.5   

京都大原 魚山大原寺 声明の寺勝林院 雪景

略記によりますと   天台宗大原寺下院にあたり、延暦寺の別院である。 仁寿年間( 851 年~ 854 年)、円仁が入唐して学んだ梵語の仏教歌謡である梵唄(ぼんばい)などの声明(しょうみょう)の修練道場として創建したものである。   天台宗の顕真が、法然らを勝林院に招き、専修念仏について宗論を戦わせ、法然の専修念仏が他派を論破した「大原問答」の遺跡として知られる。 このとき阿弥陀仏の御手から光明を放ったとされ、本尊は「証拠の阿弥陀」と称される。   1012 年、寂源(じゃくげん)が、下院にあたる勝林院を中興し、その後宝泉院、実光院、普賢院、理覚院、禅龍院など 49 坊が林立し「魚山大原寺」として興隆した。 なお上院は1109年良忍が三尊院として建立した来迎院である。   阿弥陀如来像 本尊の裏には、普賢菩薩像と明治初年神仏分離、廃仏稀釈の政策で菅原道真公の本地仏として信仰されていた北野寺が廃絶され十一面観音像が保存されているとのことです。 八坂神社の観慶寺の薬師如来像も東山三条の大蓮寺に保存されています。このような事例は多々ありますが、かっては京の都の人々から日本の歴史と文化財を守るという懸命な意識と意気込みが感じられますね。 宝泉院と実光院の本坊にあたりますが、霊跡寺院と化して、重厚な本堂が建っているのです。 苔の上をまろぶがごとく流れゆく呂律の里の弥陀の聲明              平井乙麿       大多数のみなさんは、来迎橋から中を覗いて、そのまま宝泉院の方へと向かってしまうようです。本堂の柱の彫刻は一見の価値がありますね。 NIKON   D3    AF-S  VR NikkorED 24-70mmf2.8 G   

京都大原の里 魚山宝泉院 雪景

 天台宗大原寺(だいげんじ)下院にあたる勝林院の塔頭です。  勝林院の西隣に建つ。  平安時代、天台声明を伝承するために開かれた勝林院の僧院のひとつとして創建されたのが起源です。 客殿西方の額縁庭園は「盤桓園(ばんかんえん)」と称され、竹林の間より大原の里の風情を満喫でき、樹齢700年のゴヨウマツが植えられています。  また、廊下の天井は伏見城遺構の血天井です。 磐桓園 庭園 額縁庭園 血天井 長らく訪れる機会がなかったため大原に到着すると直ぐにここに訪れました。寒気のせいか人も少なく落ち着いて雪景の庭を撮影したのですが雪空のためか陰影が乏しく薄日でしたが、お薄と菓子を頂き時折の晴れ間を待ち続けました。 NIKON   D3    AF-S  VR NikkorED 24-70mmf2.8 G