2012年10月30日

丹波の正倉院 十九山達身寺

1712年(正徳2) 十九山達身堂を本堂としてこの地に写し十九山達身寺として円通寺清鑑和尚とされています
古文書がないため定かたではないのですが達身寺は僧兵をかかえた大寺院でしたが明智光秀が丹波平定の命を受け焼け打ちにあい焼亡したと伝えられいます。しかしその寺を焼かれる前に平安時代から鎌倉時代にかけての仏像が僧により谷へ隠され長い年月そのままになっていた。
1695年(元禄)に疫病がはやり放置された仏像のたたりである。され仏像を集めて破損していた達身堂にこの地に移し仏像を修復して修復して安置したと伝えられています。
宝物殿に安置されている薬師如来座像はインドのガンダーラの仏像にあまりにも似ているため案内の住職さんに聞くと藤原時代の仏像とのことで寺には一切古文書もなくまったく不明とのことでしたが伝聞では行基菩薩の開山とのことでした。







古い仏像が安置されている茅葺のお寺でことは知っていたが訪れる機会はなくようやくお参りすることができました。
達身寺は丹波の正倉院といわれご本尊の阿弥陀如来座像、薬師如来座像等の重要文化財十二躯、兵庫県文化財三十四躯氷上町文化財三十三躯、134片が本堂と宝物殿に祀られています。
達身寺の仏像は木彫仏で大半が一木造りです。そして宝物殿では金箔も鮮やかな座像がみられますが本堂では朽ち果てようとする木彫りの仏像が何体も展示されていたため一瞬その光景に圧倒されてしまいました。
そして驚かされたのは未完成の仏像も残されていたことです。そして座像の一部、腕、手と数多くの木片が大切に保存されています。
最近になりあまりにも非常識なものたちが何度も押しかけ仏壇に上り正面から背後から撮影するため歩きまわるため止む得ず撮影禁止にしたとのことです。痛んだ木彫り仏像は撮影していません。


   NIKON D3  AF-S  VR NikkorED 24-70mmf2.8 G ED  NX2

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