第二次世界大戦末期、大阪は米軍の執拗な3度の空爆があり廃虚となった場所もありましたが、明治7年創業の薬種商小西儀助商店の明治36年(1903年)建築の店舗、居住棟は戦災から免れました。現在は道修町の近代的なビルと調和して格式のある町並みを造りだしています。
信じられないことに戦後62年経過した現在、20.30代の世代の70%以上のものが、日本とアメリカが戦争をした。と歴史上の出来事を全く知らない。といわれています。先進国で自国の歴史を知らないのが日本人だ。他国の学生から教えられていることもあると海外で教鞭をとる著名な数学者が嘆いておられたが、教育の力には恐ろしいものがあります。
国の重要文化財に指定されています。
コメント