2017年7月21日

尼崎閘門 海抜ゼロメートル地帯の立役者尼ロック

尼ロックとは昭和29年に建築された尼崎閘門のことで平成2年、6年と造り変えられています。閘門とは水位の異なる水面で前後の2つの水門を交互に開閉することにより潮位の高い水位が運河に流れることを防止し船が航行できるようにした水門のことです。尼崎閘門は日本最大でレオナルド・ダ・ヴィンチが考案したと言われパナマ運河方式が使用されています。長さは120m、前扉はTP+5.7m、後扉はTP+2.3mとなっています。(TPとは東京湾平均海水面でこの位置(1.1344メートル)がゼロメートルとされています。通航可能な船の大きさ500トンまでです。







尼崎市の臨海工業地帯の工場から大阪湾への海上輸送ルートはこの尼ロックのみで通航可能で尼崎運河は全て水門で閉鎖されています。見学中にふと眺めると船舶の航行も見られない時にいつの間にか扉が閉鎖されていることに気づかされました。満潮の時期には閉鎖され浸水対策として稼働させているようです。しかし東側への通り抜けが不可能でした。
 明治以降阪神工業地帯の工場建設により臨海工業地帯は地盤沈下により大正時代には南部一帯は海抜−0.8となり地下水組み上げ対策後−2mから3mに収束したが、その間なんども台風や高潮で大きな被害も受け運河に水門をボンブ等の施設も設備するがその後工場等はグローバル化により一部工場は海外移転させたがなおも継続している企業は多い。対策後も現在においても尼崎市域の三分の一が海抜ゼロメートル地帯で、水門等がなければ満潮時にはJR尼崎駅付近から尼崎市市役所から武庫川沿いの国道2号線まで海面下となることと推定されています。浸水は西宮市にも及び阪神鳴尾駅、甲子園球場から西宮港付近にも及ぶとされています。

 このため防潮堤と丸島水門、北堀水門、尼ロックさらに庄下川水門と松島ポンプ場、東浜ポンブ場と諸設備により市内への浸水対策が講じられ尼崎閘門の貴重な役割りが尼ロックのバンフレットと現地を確認してその重要性が確かめられました。

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