2007年5月31日

教会のある街



この教会は、絵になるためか芦屋川沿いの松並木とともによく撮影されています。

Kimimitsu-cyo Ashiya

2007年5月30日

A懸垂岩



地獄谷から分岐した暗いゴルジュ状の沢を抜けると砂の広場がありその前にA懸と親しまれている初心者向きの岩場があります。休日等にはにぎわっています。
A懸尾根の下部にあります。

A懸尾根


ロックガーデン中央稜より眺めたA懸尾根です。新緑の時期のロックガーデンの風景は眼に優しく歩いていても楽しいひとときがあります。

2007年5月29日

芦屋景観


芦屋ロックガーデンのA懸垂岩からの新緑の芦屋市内の景観です。かっての海岸線に沿って高層ビルが立ち並び町を分断し景観は破壊されています。

芦屋ロックガーデンの登山路



芦屋ロックガーデンに熟練者向きの地獄谷を経由する登山路があります。途中から分かれ險しい岩稜が続き登り降りする途中のB懸尾根の途中にチムニー状の狭い空間を通過しなければならない道があります。風化した岩は滑りやすく細心の注意が必要です。
新緑の尾根を歩いた際の画像をアップしています。

2007年5月28日

橋台



阪神芦屋駅にかかる芦屋川橋梁の橋台です。明治38年(1905年)に開通し阪神大水害、阪神大震災等にも耐え100年間近く電車の運転を支えてきました。大正時代の写真にはホームはなく橋梁の石積みの橋台が見られます。

2007年5月27日

旧小西家住宅



第二次世界大戦末期、大阪は米軍の執拗な3度の空爆があり廃虚となった場所もありましたが、明治7年創業の薬種商小西儀助商店の明治36年(1903年)建築の店舗、居住棟は戦災から免れました。現在は道修町の近代的なビルと調和して格式のある町並みを造りだしています。
信じられないことに戦後62年経過した現在、20.30代の世代の70%以上のものが、日本とアメリカが戦争をした。と歴史上の出来事を全く知らない。といわれています。先進国で自国の歴史を知らないのが日本人だ。他国の学生から教えられていることもあると海外で教鞭をとる著名な数学者が嘆いておられたが、教育の力には恐ろしいものがあります。
国の重要文化財に指定されています。

2007年5月26日



この街には贅をつくした和風の家も多く心が和みます。しかしそれも一代限りで税金に取り立てられ取り壊されてマンションが建てられています。
この国には美しい国は当分望めないようです。

Hirata-cyo Ashiya

2007年5月25日

蔦のある家


この時期、黄砂と環境を破壊する微小物資が飛来し空はくもりすっきりとした画像に出来上がらないのが残念です。
Higashinadaku Kobe

2007年5月24日

キャッスルウオール


クライマー達の練習の岩場です。休日はよく賑わっています。
高さは30mあります。

2007年5月23日

奥高座の滝



奥高座の滝は二つの谷が滝となって落ちている出合の滝でこの右滝は水量が少なく滝らしく見えないのが残念です。そのためかほとんど紹介されることのない滝です。
左滝は3段で落差15mとされていますが、木が覆いかぶさっていますので確認しにくい滝ですがこの滝はよく知られています。。

奥高座の滝



芦屋ロックガーデンの中央稜から分かれて高座谷を詰めると、キャッスルウオールがあります。その登山道の下に奥高座の滝があります。谷の正目にみえるのが左滝です。少し水流があり近づいて見ますと上部に2段の滝があります。

2007年5月22日

芦屋景観



車で走ることの多い43号線の芦屋川橋から眺めた新緑の芦屋風景です。

Seido-cyo Ashiya

2007年5月21日

火蛍の墓



小説の主人公清太が懸命に生き続けたが、痩せ衰え衰弱しここで命を終えた場所となったところです。幼い頃敗戦後の混乱期にこの駅に降り12.3才位の少年が所在なげに円柱にもたれている姿を見た残像が、この駅を利用するたびにいまなおよみがえります。幼い子供達が悲惨な日々を過ごすことが、将来再びおこらない保証はないでしょう。
この画像は阪神大震災の起きた夏に撮影しました。

2007年5月20日

夢二生家



邑久町に独特の絵と詩歌は大正ロマンの鼓動を今に伝える竹久夢二が16才まで住んだ生家が、土塀をめぐらせ草葺屋根の旧家が当時の姿を残して保存されています。

軒下


10年ほど前に邑久町を散策の際撮影しましたが、役割を終えた車輪を大切に保管されていました。

2007年5月19日

回廊



歩き慣れた街ですが切取り画像に収めると印象は異なります。神戸の町もありふれたどこにもある画一的な建物が乱立していますが旧居留地には趣があります。

2007年5月18日

しゃくなげ



ニコンFを長年使用しデジカメ暦は短かいがどうも馴染めないでいます。マクロ等は便利ではあるが狙った雰囲とは異なるのはどうも納得がいかないが、さらにはフレアーとコーストの対処。PhotoShopCsで調整させればとバッグにいれてこまめに撮影しています。

2007年5月16日

高架橋



1934年(昭和9年)大阪駅は高架駅となり以後、70数年間にわたり軍事輸送、敗戦後の復興そして経済成長を支えてきました鉄道の安全を力強く支えてきました。
現在も1日1400本近くの列車が通過しています。

2007年5月15日

小金ヶ嶽



小金ヶ嶽、御嶽そして西嶽は、鎌倉から室町時代にかけて丹波修験道場として興隆をきわめました。御嶽の直下は大岳寺、小金ヶ岳には蔵王堂その直下には福泉寺等の堂宇が立ち並んでいました。1482年(文明14年)大和修験道との勢力争いに敗れ全て寺院は焼失しました。
古生層の珪岩の多紀連山には險しい岩場が多く東の覗き、不動岩、西の覗き、愛染窟等の行にかかわる名称が残っています。瀬戸内海と日本海との分水嶺となっています。

2007年5月14日

御岳



丹波の最高峰多紀連山の新緑の御岳(標高793.4m)です。栗柄から登り西岳を往復後山頂経由おおたわを経て火打岩に下山しました。前線の影響で雲が多かったのが残念でした。
多紀連山県立自然公園山開きの日とのことで25名の方と途中まで同行しました。


昨年、小金ヶ岳から眺めた御岳です。

2007年5月11日

神戸旧居留地跡



旧居留地跡はかって港湾都市であった神戸に拠点とした海運会社等のビルが残っていたため魅力ある店舗が営業し多くの人が訪れています。民間活力の原形のような街ですが、突然景観を破壊するような見苦しいだけの奇抜なデザインのショップがあることにここは神戸で東京ではないのだと違和感が漂うこともあります。

風吹岩跡



標高437mの風吹岩は二つの岩塔から風が吹き抜けていたので名づけられましたが阪神大震災で崩壊しました。この岩の上に立つとロックガーデンの岩場が望めます。休憩スポットとして賑わっています。
先日、この岩の日陰で座っていると高齢とお見受けする方から話しかけられる方がおられた。週に1.2回訪れると語られた。
ホームページも立ち上げられているとのことでお聞きすると、
「とみおじさん」と説明された。
「私も時々開いています。地獄谷は時折歩きますので芦屋ロックガーデンを歩かれた概略図は大変参考になります」
「まだまだ補足しなければならないのですが。同じ街にお住まいですね。私どもの山の会にも参加してください」
とお誘いをうけました。
地元芦屋のアルペン芦山のお世話をされている方と触れ合いがあり、この日の山歩きはことのほか満ち足りた思いがしました。

2007年5月10日

蛙岩




魚屋道の神戸市森からと会下山遺跡からの道との合流する地点に大きな岩がありすわったカエルの形をしているので蛙岩と名づけられハイカーに親しまれています。江戸時代の絵図には狼岩と記されています。
相似性のない名称でありいつ変わったのでしょうか。

2007年5月9日

新緑の横池



標高430mにある池です。芦屋ロックガーデンから六甲山頂に向かう際、風吹岩跡の近くにあります。休日は多くのハイカーが訪れます。

Higashinadaku Kobe

安土城跡





天守閣跡 この場に五層七重の天守閣が存在していたとは信じられない静かさです。

安土城は天正4年(1576年)築城され1576年信長が居城しましたが、天正10年「本能寺の変」後に焼失しました。この画像は10年前です。現在石垣、大手道等の復元が進んでいます。

2007年5月8日

中山家住宅



2006年度国の登録有形文化財として指定されました。南欧風の素焼瓦で葺かれた和洋折衷の建物です。

Sanjyo-cyo Ashiya

2007年5月7日

芦屋ロックガーデンの岩峯



無名の岩ですが、この頂きに立つと展望は広がります。かって草創期のクライマー達は岩に魅力のある名称をつけていましたが、風化の激しい岩場は崩れやすく、侵食も激しくまた阪神大震災で崩壊するなど変貌して以前のような迫力のある岩場が少なくなった感がします。

2007年5月5日

中の滝



芦屋ロックガーデン登山口の高座の滝の300m上部にある小さな滝です。かっては霊場であったとされています。鎌倉時代の灯明皿等が発掘されています。

Okuyama Ashiya

2007年5月3日

芦屋ロックガーデンの景観




万物相からの展望です。市街はいつも空気はよどみ青空の見える日は少ないのが残念です。

2007年5月2日

万物相


風吹岩跡を望む。

芦屋・西宮市街を望む。

地獄谷を攀じ登ること90分程度歩くとこの六甲の風化した明るい岩場に到着します。風吹岩はハイカーで混雑していますが、ここは歩く人も比較的少なく静かな場所です。眼下の大阪方面や市内の展望はいつも視程がよどみ澄みきった景色はここ何年も望むことはできません。
ここで早い昼食をとる時もあります。夏は涼しい風も吹き居心地がいい場所です。