2016年8月29日

東海道本線 さくら夙川・芦屋間








7月に撮影した画像です。梅雨の影響ですっきりしない天候でしたがEF510を撮影することが出来ました。
機会を見つけて変わりゆく路線風景を撮影しています。

NIKON D600  AF-S VRZoom-NikkorED24-120-㎜F3.5-5.6GIF  

2016年8月28日

桜島線 安治川口駅







野田駅で撮影後、安治川駅へ向かい島屋踏切から撮影下画像です。
93 レが到着し入替作業を撮影のため始めての駅でもあり晴天に恵まれていましたが様子がわからず一時間近く立ち続けて撮影しました。


NIKON D600  AF-S VRZoom-NikkorED24-120-㎜F3.5-5.6GIF  


2016年8月27日

日蓮宗大本山長遠寺 尼崎寺町







長遠寺の「大堯山縁起」によれば、観応元年(1350年)日恩上人の開基と伝えられています。西側は当時の尼崎の中心として賑わった市庭である。七堂伽藍と子坊16坊を持っていたという。 法花寺と呼ばれていたが、1617年(元和3年)に尼崎城築城にともなって現在地に移転した際、寺号を現在のものに改め現在地へ移転しました。
本堂と市内では唯一の多宝塔は、桃山時代の特徴がよく表れた建物(国指定重要文化財)、客殿・庫裏・鐘楼の三棟は江戸時代前期の建造物(県指定文化財)です。
暑さに耐えて撮影したのですが穏やかな日に残された歴史空間をじっくり撮影したいものです。


NIKON D600  AF-S VRZoom-NikkorED24-120-㎜F3.5-5.6GIF  

2016年8月26日

尼崎寺町 月峯山大覚寺  









大覚寺は推古13年(605)聖徳太子が百済の 高僧・日羅上人に命じて、瑞光に輝く長洲の浦(大物)に建て られた燈炉堂を母体として建立されたと、伝えられています。
境内には琵琶法師ゆかりの弁財天堂が残っており、2月3日の「節分祭」では、豆まきと常設の能舞台で「大覚寺身振り狂言」が奉納されます。
阪神大震災で被害を受け本堂の屋根はチタンで葺かれているとのことでした。




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2016年8月25日

尼崎寺町散策

阪神尼崎駅近くの都会のまっただ中に寺院が軒を連ねた寺町が残されています。
尼崎市教育委員会の資料によりますと 元和3年(1617)に大名戸田氏鉄が、尼崎城の築城に取りかかり、城下町を建設するにあたって散在していた寺院を城の西にあたる現在の場所に集めて寺町をつくった。
寺町の区画は当時からほとんど変化なく、現在39ヘクタールの区域に11寺院が集中しています。1989年(平成元年)に尼崎市の「都市美形成地域」(歴史上特長のある地域として保存すべき地域)に指定された。
 江戸時代、尼崎は城下町として栄えていました。尼崎城は今の大津から5万石の尼崎藩主となった譜代大名戸田氏鉄(とだうじかね)によって建てられました。外様大名の多い西国や山陽道を守るため大阪の西を固める重要な拠点として、城内の総面積約13万平方メートルの広さに、4重の天守閣を持つ本格的な近世城郭を築城させました。新城の建築と共に進められたのが城下町、寺町の整備でした。寺町の寺も譜代大名戸田氏鉄が近江膳所から尼崎へ所替えを命じられた際には本興寺、全昌寺が尼崎へ移転した。大名の所替えにより寺院も尼崎から移転している。
 現在は11か寺が軒を連ね、国指定の重要文化財、7件をはじめ、県、市指定の文化財も多く残されている。

 本興寺三重の塔
 本興寺 本堂


本興寺 


 甘露寺
 法遠寺
佐々成政墓碑
法遠寺には佐々成政の墓碑があります。成政は豊臣秀吉のもとで肥後国主在任中、領地内で反乱がおこり、その責により天正16年(1588)尼崎で切腹させられました。
 

NIKON D600  AF-S VRZoom-NikkorED24-120-㎜F3.5-5.6GIF  

2016年8月24日

尼崎市立文化財収蔵庫












 昭和13年竣工の歴史的建築物である旧尼崎高等女学校の校舎を再利用した尼崎市立文化財収蔵庫では、尼崎の原始古代から近現代までの歴史をわかりやすく展示し、尼崎市内の遺跡から出土した考古資料や、尼崎城下町復元模型などの尼崎城や城下町に関する資料、尼崎の近代工業に関する資料、むかしの生活用具などを展示されています。
最近、尼崎城天守閣が再建されるとのことで賑わっていますが、模型では大坂の西の守りとしての尼崎城は堅固な城郭となっています。
夏期学習展ということで軍事色、国家色が強烈な教科書だったと歴史が伝える昭和戦前・戦中の小学校という企画展が開催され平日も入館可能ということで見学に行きました。
映画「ALWAYS三丁目の夕陽」の撮影の舞台でもあり校門と校舎の建物と教室は昭和レトロそのもので楽しむことができました。
レトロな風景も雲が多くなり陰影が乏しくなったのは残念です。





2016年8月23日

芦屋・甲南山手間 芦屋川橋 近所の鉄道風景







芦屋川橋付近からの撮影です。自宅近くの撮影ポイントを探してアングルやレンズを変えて鉄道風景を切り取っています。電車は全て停車しますが貨物列車は120キロメートル近くで通過しますが面白い画像が得られるようです。

NIKON D600  AF-S VRZoom-NikkorED24-120-㎜F3.5-5.6GIF  

2016年8月22日

山陽新幹線建設工事  慰霊碑 


新大阪駅を出発し5分程度で六甲トンネルに列車は進入する。このトンネルの真上には六甲トンネル貫通と山陽新幹線の開業を記念して、山陽新幹線記念公園が造られている。金網越しからは阪神平野を一望でき、また高速でトンネルに出入りする新幹線列車を間近で見ることが出来る。
そして山陽新幹線トンネル工事中の犠牲者の氏名を記した慰霊碑が建てられている。




 

六甲トンネル 新大阪方

 碑の表面は
 慰霊碑
   磯崎 叡 と刻まれ


慰霊碑碑陰
山陽新幹線新大阪・岡山間の建設工事は昭和42年3月に工を起こしてから5年の歳月を経て昭和47年3月に完成しました。
この碑は建設工事に従事して殉職された50有余名の御霊を祀りその霊を慰めるためん、本工事関係者が相計って建立したものであります。
そして工事で殉職された方も54名の方の名前が刻まれていのます。
 新幹線建設局長 高橋 克男撰
 大阪新幹線工事局長 小林 正宏書
  昭和47年3月
  建立委員会


 



六甲トンネルは、兵庫県の六甲山を貫く山陽新幹線の新大阪駅~新神戸駅(地図)間にあるトンネルの名称である。1970(昭和45)年の今日(10月2日)貫通した。
六甲トンネル区間は西宮市上甲東園4丁目~神戸市中央区熊内町7丁目までトンネルの長さは、16,250mである。
山陽新幹線は六甲山地を六甲・神戸トンネルで通過し、神戸市布引付近六甲トンネル出口と神戸トンネル入り口の区間、に新神戸駅が建設されている。
1975(昭和50)年3月10日に岡山駅~博多駅間が開業したが、この山陽新幹線の岡山開業期間当時の鉄道トンネルとしては日本一の長さであった。
西宮市に位置する山陽新幹線公園と新幹線工事慰霊碑を取り上げました。

  NIKON D600  AF-SNikkor50mm f1.4G 


2016年8月21日

大阪環状線 野田駅






環状線にラッピング車両の運用が多く見られ晴天に誘われ撮影した画像です。原色の201系や103系がもうすぐ廃車となるとのことで努めて撮影を心がけています。
暑さとそして腰痛のためほとんど撮影に出かけられないのは残念ですが・・・・・・

NIKON D600   TAMLONSP 70-300mm F/4-5.6 Di VC USD (Model A005)