石臼のある石塀 1月 29, 2009 1857年(安政4年)の芦屋川水車絵図によれば、米7両、油5両の水車が描かれている。芦屋から西は灘目と呼ばれ江戸時代から酒造用の精米、菜種油しばり、素麺造りの水車産業が発達した。1920年頃には精米用として6両があったがその後産業構造の変化、阪神大水害等により消滅した。その頃の水車臼が石塀として活用され歴史を伝えている。Yamaashiya-cho Ashiya 共有 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ ラベル 芦屋 共有 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
コメント