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10月, 2008の投稿を表示しています

ボートマリーナ

バブルがはじけ平成不況としかいいようのない時代にマリーナにはいつも手入れのされたボートが保管されている。 今は埋め立てられ海へは遠くなっているが楽しむ人は多いようだ。生き甲斐を求めて生きる人はたくましい。

昔の酒蔵

酒米等の運搬車 つるべ井戸 酒蔵の庭 最近灘五郷の酒蔵の道を散策している。 震災前にも時折歩き古い佇まいを楽しんだが、倒壊したが相当な経費をかけ復旧した街の中で珠玉のような雰囲気が楽しい。戦災や震災で保存された酒造りの道具をも見て撮している。下戸で試飲もままならないがカメラを手にして歩き記録したいと考えている。

蕪村歌碑

敏見神社お旅所住吉神社に刻まれている。 この付近は西国街道が通り酒造業も盛んで旅人が往来したちである。蕪村も訪れ 畑打ちの目にはなれずよ摩耶ヶ嶽 と昔の摩耶山を謡っている。

御影風景

六甲山と高層住宅、電車の車庫そして甲南漬本舗。酒蔵の道散歩の際に撮影した。こうして眺めると阪神大震災から13年経過し復旧したようだ。

変貌する大阪駅周辺

アクティOSAKA27Fより撮影 西梅田ビルより撮影 梅田周辺は大規模工事が進捗し日ごとに変化している。

海辺の風景

海辺の風景は埋め立てられ高層ビルや巨大な施設を建ち並びさせ開発の名のもと景観破壊が進んでいるのは悲しいことたせ。

旧小寺邸

深江文化村近くに大日本紡績(現在のユニチカ)の社長であった小寺源吾別邸が保存され使用されている。 1935年(昭和10年)頃の建造でヴォーリス事務所の設計とされている。

芦屋川夕景

この時刻の景色は、落ち着いた色彩で好ましい。この時期にしては暖かく2時間近く歩き汗が噴き出していた。紅葉の季節が待ち遠しい。 Seido-cho Ashiya

ボートマリーナ

かっては神戸の深江の海岸沿いにあった。いまは埋め立てられて海は少なくなっているが健在だ。 ボートが保管され点検もされている。

木漏れ日

久しぶりに山の散歩を楽しむ。晴天で暖かく多くの方が歩いている。ここはドウダンツツジの花の咲く道でもあるが紅葉にも早く木漏れ日を切り取ってみた。

盛衰

世の常とは云え時は移り変わることは避けることはできない。 Yamaashiya-cho Ashiya

芦屋浜

遠景では目立たないが、かっての海岸近くでは壁のような建物が建ち並び景観破壊が進んでいる。六甲の山歩きの際にもよく目立つようになっているが、市場原理主義では歯止めは効かないのだろうか。

だんじり練り回し風景 芦屋

12日に芦屋市内で行われ秋祭りにおける「ただんじり練り回し」の風景です。五台のだんじりが紹介され練り回しが行われ多くの人が参加し祭りを盛り上げていた。小学校の校庭では物産店もあり行事とともに賑わっていた。

芦屋だんじり巡行

すべての「だんじり巡行」は、京都ぎおん祭りが起源とされている。芦屋のだんじり巡行は、神戸と同じ1700年頃、江戸時代元禄の頃とされている。 戦前までに芦屋に、打出、津知、三条、山芦屋、東芦屋、西芦屋、茶屋芦屋、浜芦屋の8基があり芦屋神社、打出天神社そして保久良神社のお祭りに巡行されていたが、戦災で消失、解体等され少なくなったが現在5基のだんじりが芦屋秋祭りと共催され市内を巡行している。 だんじり内では、太鼓、二丁鐘、半鐘が入り地牽に際しては出発、回る、前進、後退、宮入、地ばやしの6種のだんじりばやしが奉されている。 会場近くの道路では、練り回しが行われ祭りのイベントを盛り上げている。 六甲山を背景にだんじり巡行の一部を取り上げてみた。

午後のだんじり巡行

市内の午後のだんじり巡行を芦屋川周辺の古い町の撮影にでかけた。六甲山を背景にだんじりが巡る姿は経済不況に襲われ先行き不明の暗いニュースとは異なる風景があった。回復するのに歴史から学べば長い年月が必要だがいずれ回復することを信じたい。

芦屋秋まつり だんじり巡行

急な坂道を引き芦屋神社へ向かう山之町のだんじり、狭い坂道を引き上げるのは大変だ。小さな子供の参加もあり楽しい思い出になるだろう。知られないであろうこの町でのどかな風景は楽しい。 Higashiashiya-cho Ashiya

カヌー

芦屋にあるマリンセンターでカヌーやヨットの練習ができる場所である。カヌーの縦置き場の底面のカラーを切り取って見た。 Hamakaze-cho Ashiya

城東貨物線淀川橋梁

淀川に架橋された鉄橋で現在は貨物と車両工場の完成した車両のみが運転されている貨物線で複線の鉄橋ではあるが線路は単線でそのそばに木製の板が敷かれ赤川仮橋と名付けられ人も自転車もひっきりなしに通行している。 知人の見舞いのため近くに出向き30分ほど歩きこの橋にたどりつき貨物列車も通過していたので撮影した。 しかしこの橋も2008年(平成20年)3月15日 おおさか東線として放出・久宝寺間が旅客開業し2012年(平成24年には、 新大阪・放出間が開業予定され工事中である。大阪外環状鉄道が開通すればこのような風景は見られなくなる。 大阪に残るのどかな風景であるので機会があれば再訪したいと考えている。

寺田屋

明治時代の再建だとされた伏見の寺田屋であるがそれなりの趣を秘めている。 事実知らなかった頃の10年前の画像である。

芦屋の漁船

明治時代以降地引網や船引き網で引き上げられたいわしは釜ゆで天日にほされ煮干しとして出荷されていたが、1969年(昭和44年)以降芦屋浜は埋め立てが始まりその姿を消し今では1隻のみ操業している。 Hamakaze-cho Ashiya

トラス構桁

上は明治末期、下は昭和初期に架橋された鉄道橋です。 トラスの美しさは素晴らしいものがあります。

踏切のある風景

車での踏切横断は多いが歩いて通るときなぜか新鮮な気持ちがする。デジタルな風景でなくアナログの風景として捕らえるからであろうか。それも事故防止のため。 だが設備がこれだけ進んでも人は危険予知能力が劣化し事故が多発するのだろうか。 Uchide kozuchi-cho Ashiya

風雪

来年も風雪に耐えて桜花が咲くことだろう。 Asahirgaoka-cho Ashiya