2017年9月6日

神戸港の歴史を語る日本最古の加琲店 放香堂 神戸元町


 現代の神戸港の礎を作ったのが、幕臣勝海舟です。神戸の土地が港をつくるうえで大変都合の良いことを見抜き、幕府に対して進言しそれが認められたのです。
 神戸の発展に大きく貢献した人物である勝海舟であった。江戸時代の幕府が神戸に設置した海軍士官養成機関、海軍工廠でした。後の日本帝国時代の海軍士官学校であり防衛大学の全身です。
 現在の神戸市中央区 に元治元年(1864年)に設置された。そしてメリケン波止場には海軍操練顕彰碑と勝海舟直筆の海軍営之碑が建立されています。レブリカで本物は山手の諏訪山に設置されています。
 勝海舟の通称が「勝麟太郎」でした。神戸港がなければ入ってこなかったであろうコーヒー豆であり勝海舟「勝麟太郎」とコーヒー豆の意外な縁を感じ、看板メニューである明治復刻コーヒーにその名を冠しされています。
放香堂が神戸港の発展と共に栄えてきましたことを麟太郎コーヒーの名に残しています。



放香堂は150年前、天保年間(1830年)創業で、宇治茶の主産地に自社農園や自社工場を持っています。そのお茶を輸出するために開港早々の神戸に輸出商館を設け、その後元町へ店舗を出しました。版画に残された150年前の風景はこの辺りがいかに賑わっていたかを知ることができます。。
 明治時代にペーパードリップは当然ながら存在せず、トルコのコーヒーのようにコーヒー豆を煮出してその上澄みを飲んでいたようです。明治時代、開港された街にはいち早く西洋の文化が入ってきました。その一つである神戸にも外国人が居留するだけでなく、店が集まり、商店街ができ、そして様々なものが日本中へと広まっていったのです。その一つに挙げられるのが、コーヒーと喫茶店の文化です。
コーヒーが神戸からはじまった歴史を元町通りでいまなお伝えています。


水出し煎茶を頂き女店員の方に許しを得て時間がなくiPhoneで撮影した画像です。次回は復刻コーヒーを飲む時間を持ち味わいたいものです。

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