2015年2月28日

東海道本線さくら夙川・芦屋間 EF210- 107・126・137


5072列車 EF210-137
1072列車 EF210-126
1050列車 EF210-107

1050列車 EF210-107
223系  
221系 運転本数が少なくなりつつあり撮影に努めています。
54D 智頭急行 HOT'7000

さくら夙川付近の撮影ポイントで1時間近く撮影しました。この日は大陸からの黄砂も汚染物資の飛来もなくすっきりした空のもとで撮影を楽しみました。上り牽引貨物機関車はEF210形式が通過し下り列車は遅れがあったのか撮影を終えた際に通過したのみでした。
運転されているEF210形式全車両95両撮影の目的であれこれ撮影しています。

NIKON D600  TAMLON   SP 70-300mm F/4-5.6 Di VC USD 

2015年2月27日

文学周遊 西鶴浮世草子の舞台 道頓堀 北浜

道頓堀 浄瑠璃 「暦」
 貞亭二年(一六八五)西鶴は、宇治加賀掾に惚れ込み浄瑠璃の世界に挑戦した作品「暦」を書いて大阪道頓堀で上演した。
 一方近松門左衛門は、竹本座で「賢女の手習い新暦」を上演したことからふたりは張り合う形になったが竹本義太夫の語りや人形の遣い方など近松が評判がよく西鶴はこの競争に敗れる。そのうえ西鶴の小屋が芝居の途中で火事になり加賀掾は京に帰るという不運な結果なった。
 


北浜 難波橋界隈
  「日本永代蔵」
    大晦日さだめなき世の定めかな
 


西鶴の生れた1642年の大坂は大坂冬の陣、夏の陣(1614ー1615)の荒廃を受けたが復興し大坂城代が置かれ、1619年以降町並みが整備されて経済都市になっていく時期であった。
 1960年以降大坂町人は飛躍的に経済力を進展させ文化的にも実力を蓄えていった。



 日本永代蔵巻一の三「浪風静かに神通丸」では神通丸という名の大船で米の商いをして儲ける唐かね屋という商人を題材にして北浜の活況を描いている。ほかにも北浜の米蔵で米俵から落ちる米を拾って金持ちになった女の話(北浜には箒の神をまつる女あり)など北浜界隈を舞台にした作品も多い。「十露盤丸雪をはしらせ天秤二六時中の鐘にひびきまさって其の家の風、暖簾吹かへしぬ。」これは繁盛する店の様子を描いた一文である。
 さらには、天道言はずして国土に恵みふかし。物に応じて跡なは。これ、善悪の中に立つてすぐなる今の御代をゆたかにわたるは、人の人たるがゆゑに常の人にはあらず。一生一大事身を過ぐるの業、士農工商の外、出家・神職にかぎらす、始末大明神の御託宣にまかせ、金銀を溜むべし。
とある。

 小説では、井原西鶴が人間の欲望を肯定した浮世草子を創始し、俳諧(俳句ではない。)では、松尾芭蕉が蕉風俳諧の芸術性を高め、浄瑠璃では、近松門左衛門が義理と人情を哀切に描いた。いずれも人間性や自然を深く洞察した作品を残して近世文学の前期の黄金時代を築いた。西鶴は透徹したリアリズムで創作し近代文学のルーツとも言われている。
 作品は現代にもあてはまるというより優れた内容のものとなっているが日本語であっても理解し難いことがあるが。東京一局集中で明治の近代化教育から見失われた豊潤な文化の鉱脈が西鶴の世界にあることを気づく人は少ない。
 元禄文化について述べますと。元禄時代(1688年~1703年)には、演劇・文学・美術・学問など、様々な文化が発展しました。この時代を中心に、主に上方(かみがた、京都・大坂)で発達した町人文化を、「元禄文化」と呼ぶ。
 元禄文化を代表する人物として、近松門左衛門と井原西鶴(いはらさいかく)の名が挙げられる。
 近松は、町人を主人公として世話浄瑠璃を書いた。その多くは、大坂で実際に起こった事件を題材にしている。
 一方、西鶴の浮世草子(うきよぞうし)も人気を得ていた。浮世草子とは、主に、当時の町人の生活を、写実的に描いた小説です。西鶴の書いた浮世草子には、町人の経済状況や遊郭の様子などが、生き生きと描き出されている。『好色五人女(こうしょくごにんおんな)』、『世間胸算用(せけんむねさんよう)』などの作品が有名です。
 その他、近松が作者として関わった上方歌舞伎、また浮世絵や陶芸などの美術や学問もおおいに発達した。中でも松尾芭蕉(まつおばしょう)は、「さび」などの感覚を大切にする「薫風俳諧(くんぷうはいかい)」を生み、それまでの俳諧の世界を一変させた。芭蕉は、全国を旅して回りながら、俳諧を作った。その旅についての紀行文『奥の細道(おくのほそみち)』は、名作として知られている。





 
 




2015年2月26日

和田岬線兵庫駅 JR西日本227系 川崎重工業

広島地区にJR発足後はじめて投入される227系が昨年発表され276両を製作するとのことですが新車両が、川崎重工業から出庫するとのことで撮影にむかいました。
車内外ともカープカラーと「広島らしさを象徴する親しみを感じさせる『赤色』を基調とした色調」となってJR西としては少しイメージを考えたのでしょうか・・・・・・







NIKON D600  AF-S VRZoom-NikkorED24-120-㎜F3.5-5.6GIF  

2015年2月25日

天龍寺 曹源池 冬景色






早朝に雪との予報で出かけたのですが日陰には残っていたのですが残念ながら境内に入った際にはほとんど無くなっていました。
紅葉でよく知られている雪の曹源池を嵐山を背景にした国の史跡としての光景を撮影を願っていたのですが、今年も実現出来ませんでした。次は早朝に拝観できる秋に方丈からの曹源池を撮影したいものです。

NIKON D3    AF-S  VR NikkorED 24-70mmf2.8 G    


2015年2月24日

東海道本線 8866列車 EF641035 加島大橋 塚本信号場





久しぶりに北方貨物線へ分岐する貨物列車の撮影のため阪神高速池田線と府道の跨線橋の加島大橋へ向かいました。狙いはレール輸送の8866列車です。
残念ながら到着すると青空も濁りつつあり大陸からの迷惑千万な汚染物資の影響でどうもすつきりしない画像となりました。空車のレールチキと車輪を積載した編成車両を撮影できました。

NIKON D600  TAMLON   SP 70-300mm F/4-5.6 Di VC USD 


東海道本線 塚信 EF200-2   2070列車 加島大橋



 加島大橋の跨線橋から画像です。この時間もPM2.5が流れ込んでいたようです。
最近、アングルにより50㎜レンズで撮影することがおおくなりました。望遠もさることながらしったかりピントのあった画像のよさに気づかされたようです。

 NIKON D600  AF-SNikkor50mm f1.4G 



2015年2月23日

祇王寺 吉野窓と冬牡丹

高台寺遺芳庵は別名吉野窓の席とも言われ、吉野大夫の好みだと伝えられています。
吉野大夫は文芸に優れた人物であり、26歳の時、時の豪商灰屋紹益が身請けすることになります。しかしその幸福な生活も長くはなく、38歳にして早世しますが、先立った吉野を偲んで紹益がつくったのがこの茶室だと伝えられています。
茶室の客座側の大円窓、いわゆる吉野窓の内側には障子が建てられていますが、あけることを考えたものではなく、障子に映る円形の光に吉野大夫を偲んだ形式だとも考えられます。
吉野太夫の墓がある鷹が峯常照寺の茶席遺芳庵には壁一面の大丸窓、底辺が切れて直線の吉野が好んだという吉野窓があります。
完全な円と言うのは仏教では「仏」の悟りを示すと言い、吉野大夫は完全ではない自分を悟っていた。とされています。
窓にも仏教の教えがこめられている歴史があるのですが茶道の心得もなく味わうみとも内のですが眺めるだけでも心かせいやされる空間です。







雪の苔庭の光景を期待したのですが残念ながら初冬の風景の撮影となりました。冬牡丹が数株庭先に置かれていることでも厳しい寒さに暖かさが感じられます。

NIKON D3    AF-S  VR NikkorED 24-70mmf2.8 G    

2015年2月22日

祇王寺 平家物語悲恋の尼寺

嵯峨野は悲劇のヒロインの里というイメージが強く現代も若い女性たちに人気があるようです。それも一人で訪ねる女性をよく見かける。
平家物語だけでも祇王、祇女、仏御前そして小督らが隠棲し、横笛の哀れな姿そして新田義貞の妻勾当内侍が庵を結んだ。
「平家物語」は解説とともに原文を読んだのですが平安時代に豊かな感性で琵琶法師が物語として語り継がれていたことを実感させられた。
そして昭和のはじめには無住だった祇王寺に高岡智照尼が入山し大覚寺の尼寺となった。という歴史があるからだろうか。





祇王歌碑 判読不明ですが・・・・・・
萌出るも枯るるもおなじ野辺の草
      いづれか秋に逢はでははつべき   祇王
と刻まれています。


宝筐印塔 左清盛供養塔 右祇王・祇女、母刀自の墓

大覚寺門跡の塔頭で真言宗大覚寺派の寺院。
「平家物語」で、平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王が、清盛の心が離れてしまい尼僧として当寺で余生を送ったことで知られる。先にあげた歌碑の一首は清盛に追放された際に、障子に書いたとされている。
また、紅葉の名所としても知られているが四季を問わず魅力がある。

NIKON D3    AF-S  VR NikkorED 24-70mmf2.8 G    

2015年2月21日

芦屋川の野鳥  ツグミ、ショウビタキ 


 ツグミ
カルガモ
 ムクドリ
 ショウビタキ
ムクドリ
芦屋川の開森橋付近から国道43号線付近までの川岸を歩いた際に見かけた野鳥の撮影です。カワセミは何度も見かけるのですが遠く離れて、そして上空を飛翔するばかりでした。
400㎜でDXサイズにクロップして撮影していますが何とか撮影できたようです。

NIKON D600  AFVR  Zoom NikkorED 80-400mmf4.5-5.6  

2015年2月20日

国鉄EF66形直流電気機関車

 塚本信号場 EF66104
さくら夙川駅 EF66126
西宮・さくら夙川駅EF6636
西宮・さくら夙川駅 EF6630
芦屋・甲南山手間EF66130
芦屋・さくら夙川間EF66118
さくら夙川・芦屋間EF6626

1968年(昭和43年)から運用された国鉄EF66形電気機関車牽引の貨物列車に人気があり国鉄時代に製作された数少なくなった2桁台の機関車が特に関心を集めていますがいずれ廃車されるとのことです。ネットで調べて見ますとJR貨物吹田機関区に44両運用されているとのことです。
何年間に撮影した画像を集約して掲載しています。