2010年7月27日

近松門左衛門

この世のなごり、夜もなごり、死にに行く身をたとふればあだしが原の道の霜、一足づゝに消えて行く、夢の夢こそあはれなり・・・・・の書き出しで知られる「曽根崎心中」など浄瑠璃を数編読んだだけですが、語りの素晴らしさは異色だと感じたことがあります。国立文楽劇場が近くでも訪れること少ないためあまり浄瑠璃について語る資格はありません。
暑い最中でしたが近松の里として整備されている近松公園、近松公園、広済寺を訪れて近松に触れて見ました。

近松門左衛門像

久々知山広済寺山門
本堂
近松門左衛門墓所
近松記念館 近松門左衛門の遺品も展示されています

遊女塚
785(延暦4)年長岡京遷都から、神崎川(旧三国川)と淀川が和気清麻呂により直結され、都と西海を結ぶ水路として西国から長岡京、平安京への河川交通の要衝として河尻泊(神崎)は江口とともににぎわいを見せた。遊女の里として「天下第一の楽地」として繁栄しました。
この塚は、1207年(建永2)法然上人が讃岐の国に配流の地とゅう神崎の遊女5人が上人の法話を聴いて身の罪業を感じ神崎川に等身しました。上人は讃岐からの帰途その話を聴き5人の遊女の供養をしたと伝わっています。
現在は寂れたとなっていますが江戸時代終わりまで河川交通や街道の要衝として繁栄しこの地が利用されましたことの証の一つでもあります。

NIKON D3000  DX AF-SNIKKOR 18-55 1:3.5〜5.6G ISO400RAW

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