2008年5月31日

犬矢来



日本家屋の上品な印象をもたらせてくれる仕組みでどこの国にも存在しない構造物だ。歴史の深さが認められる。

2008年5月29日

人力車



シーズンオフなのかどこでも手持ち無沙汰であるようだ。すでに日焼けしたくましい若者が多い。

岩場




期限切れのポジフイルムでロックガーデンの岩場を撮影した。デジカメと異なった自然に近い重みのある色彩で地味な画像に仕上がったようで、次回は期限内のフイルムで撮影したい。フイルムで撮影したのは何年ぶりだろう。

2008年5月28日

嵐電



最近も機会を見つけて鉄道にカメラを向けている。嵐電として親しまれている電車は乗車客も多く営業も成り立っているのではないだろうか。道路上を走る区間もあり乗用車の低いレベルの者も多く運行も大変なようだ。
地球温暖化と人に優しい乗り物としていつまでも存在してほしいものだ。
久し振りに訪れた嵐山駅から撮影。

2008年5月26日

万物相




ロックガーデンの岩場で小規模ではあるが奇景として親しまれている。この季節空に汚染物質が重くどんより漂い抜けのよい風景が写せないのが残念だが、それよりも眼にも痛みが残る。

2008年5月25日

歌碑



静かな情緒漂う街のこの場所が枝垂れ桜や広い道路なのか知っている人は少ないであろう。
暗い過去があり、戦時中に空爆の被害を食い止めるために建物が取り壊され強制的に疎開させられたためである。

Kyoto City

2008年5月24日

長岡京大極殿跡




784年(延歴3年)桓武天皇が10年間平城京から遷都した長岡京大極殿跡で、この地の多くは人家に覆われてはいるが発掘調査が行われ難波宮や平城京の建造物までが移築されかなり完成した姿であった。とされている。
想像図から推定すると平城京、平安京と並ぶ京域を持つ都であった。

2008年5月22日

あこがれ



人気の高い路地で観光客の憧れの場所であるようだ。いつの季節も人が多い。
歩いているとほつとさせられるのだろうか。

2008年5月21日

ロックガーデン俯瞰




万物相と名づけられている岩場です。ここでは静かで景色もよく風も爽やかで休む機会が多い。
登山の黎明期から名づけられていた岩場の震災や崩壊していても知らずして思いつきの名前を知ったかぶりをして語っている。これは聞くのもしのびない。想いをさせられる
ここは古くから歩いている人も多く嘆かわしい。と聞く。
これも昨今のテレビ劇場政治等の風潮であろうか。

2008年5月20日

甲山88箇所石仏巡礼第58番




作礼山千光山仙遊寺
本尊千手観音菩薩
開基越智守置
愛媛県今治市
天智天皇(661年)の勅願により、伊予の大守越智守興が建立し、阿坊(あぼう)仙人がこの寺に参籠し、養老2年(718年)までの40年間に、七堂伽藍を整えたがその後荒れ果てた。平安時代に、四国霊場開創のため、弘法大師が巡錫し再興した。

2008年5月19日

ボウリング


神戸市役所南側に東遊園地がある。
この遊園地は旧生田川の堤防であったが、明治初年居留地開設後まもなく居留地の外国人のために造られた運動場であった。
日本においてはボウリングもこの地ではじまったように、外国人によるラグビー、サッカー、テニス、野球等々の近代スポーツが行われた場所であるように、日本で近代式公園、運動場がはじめて建設された場所である。

Kobe City

2008年5月16日

花時計



1957年4月日本で初めて作られた花時計で季節ごとに植え替えられて半世紀近く経ても今なお親しまれている。
もうこの場所に定着したようだ。

2008年5月13日

モラエス像



東遊園地にあるモラエス翁像の解説文には
ウェンセスラオ・デ・モラエス(1854〜1929)はポルトガルの元軍人、文豪である。明治22年(1889年)35歳のとき、私用で初めて神戸の地を踏んだ。その後、二度日本を訪れ日本の美しさに心をひかれた。海軍中佐になってから日本移住を決心し、本国からの帰国命令に反して、明治31年から神戸に住むようになった。
 同年11月、友人のすすめで大阪、神戸のポルトガル領事館につとめ、のちに副領事となる。明治33年(1900)11月、福本ヨネと結婚し、山本通2丁目、加納町2丁目などに住んで、日本風の生活を身につけた。
 大正元年(1912)8月ヨネが死に、彼女のことを忘れ得ず、公職(神戸総領事兼イタリア領事)を退いて大正2年、ヨネのふるさと徳島に移り住んだ。その後、ヨネの姪コハルと結婚したが、コハルにも先立たれ、徳島市伊賀町で、独居生活をつづける。75才のとき土間から落ちて重傷を負い逝去した。
 著書には「極東遊記」「日本夜話」「日本支那風物誌」「日本精神」「おヨネとコハル」など二十数編がある。

2008年5月12日

甲山88箇所石仏巡礼第25番


宝珠山真言院津照寺
本尊延命地蔵菩薩
開基弘法大師
高知県室戸市
大同2年(807年)に、来錫した弘法大師により開基された。
大師は、海上安全と豊漁を祈願し、一刀三礼(一刀刻む毎に三度礼拝)して延命地蔵菩薩を本尊として刻み堂宇に安置したという。

2008年5月11日

甲山88箇所石仏巡礼第44番



菅生山大覚院大宝寺
本尊十一面観世音菩薩
開基明神右京・隼人
愛媛県上浮穴郡久万高原町

縁起は、大宝寺本尊の十一面観世音菩薩を、百済から来た聖僧が携えてきて山中に安置した。それを明神右京、隼人という猟師が見つけ祀った。
その後、大宝元年(701年)、文武天皇の勅願により寺院が建立され、当時の元号にちなみ大宝寺と名付けられた。
弘仁年間(810~824)に、弘法大師が来錫し山中で密教三密を厳修し四国霊場札所に定めた。とされる。

2008年5月10日

甲山88箇所石仏巡礼第15番


薬王山金色院国分寺
本尊 薬師如来
開基 聖武天皇
徳島県徳島市

天平13年(741年)、聖武天皇の勅命により天下泰平を祈願し、諸国に国分寺の造営が命じられた。
この寺は、阿波の国分寺として行基により開基された。国分寺は全国に六十六ヶ寺ある。
本堂には聖武天皇、光明皇后の位牌を祀っている。弘法大師が17日間にわたり修し、自ら刻ん鳥瑟沙摩明王は、眼と下半身の病に霊験がある。

2008年5月9日

街角



取り壊される予定だった逓信省という建物はレストランとして甦り街の活気をよんでいる。役所の建物と言え色彩が街に溶け込み落ち着いてするからだろう。

Omasu-cho Ashiya

2008年5月8日

ロックガーデンの岩


風吹岩跡の岩場で、この岩の時上部は眺望もよくいつも多くの人で賑わっています。この岩の後は、ただ通りすぎるだけの場所であまり眺める人はいません。

中央陵の登山路から眺めたゲートロックです。

2008年5月7日

ロックガーデンの岩場




角度が変ると岩場の陰影は全く異なる印象を与えてくれる。だが空には浮遊微粒塵埃物資で濁らなければ爽快ではあるが。
だが、日陰は寒いくらいに涼しいがこの岩場の陰で休むことが楽しみだ。

2008年5月6日

ロックガーデン




久し振りの山歩きのため登山路の途中から万物相の岩場に降りてしばらく休み撮影を楽しんだ。
墓場と万物相と名づけれた岩場は色相が異なる不思議な場所だ。

2008年5月5日

車寄せ



ヨドコウ迎賓館の車寄せ。
1918年建築完成当時どのような車が出入りしていたのだろうか。
今でも相当な坂道である。

YAmate-cho Ashiya

2008年5月4日

2300系


阪急嵐山駅にて

甲山88箇所石仏巡礼第26番



橋池山摩尼院立江寺
本尊延命地蔵菩薩
聖武天皇の勅願により行基が天平19年(747)に光明皇后の安産を祈願し白鷺の暗示を受け、堂宇を建立し、1寸8分(約6センチ)の黄金の地蔵菩薩を刻み本尊として安置し開基したと伝えられています。
その後、弘仁6年(815)に、弘法大師がこの寺に留錫し、行基が刻んだ小像は小さいため後々紛失のおそれがあると、6尺(1.8メートル)の地蔵菩薩を刻み、その胎内に納め同時に寺号を立江寺とした。とされています。

2008年5月3日

街角の風景



2号線に沿った新緑は目に優しい店だ。車ではわからないが歩いているとほっとさせられる。
Maeda-cho Ashiya

2008年5月2日

高速道路



倒壊して13年余、走っていてもこの地を通過するときは決して忘れることはできない。

Tsuji-cho Ashiya

2008年5月1日

街角の風景



静かな町の片隅にあるレストランで、この建築家の建物が隠れ家のような趣を見せてくれます。

Kirata-cho Ashiya